「オーバートレーニングの医学」
 

1.オーバートレーニングとは
 オーバートレーニングという言葉には決まった定義が無く、いろいろな意味に使われることが少なくありません。今回のシリーズでは過剰なトレーニングによって慢性疲労状態となりパフォーマンスが低下し、回復が困難な状態をオーバートレーニングと考えていきます。

2.トレーニングと パフォーマンスについて
 No14で述べたように、トレーニング負荷により、疲労が起こりパフォーマンスは低下し、安静により回復します。回復過程のうちさらに身体の能力が向上する超回復の状態となりその後元の状態に戻っていきます。(図1) 図2のように適度な負荷と休息でパフォーマンスは向上しますが、図3のようにトレーニング後に体力が回復しないうちにつぎの負荷がかかるような状態でオーバートレーニングの状態におちいります。

図1 疲労と回復の関係


 
 

図2 適度な負荷の後、超回復の
      状態でつぎのトレーニングを
      行うことにより能力が向上する
 


 

図3 回復が不完全な状態で
      つぎのトレーニングを行う
      ことで、慢性疲労状態となる
 
 
 
 
 
 

 3.オーバートレーニングの原因
 通常の練習でオーバートレーニングとなることはあまりないようですが、合宿中などで練習時間がいつもより増えたときや、試合後などで、十分体力が回復しない状態でトレーニングを始めたときなどに起こります。また、風邪などの病後、睡眠R不足、精神状態が不安定などで、回復が十分でない時などにも起こります。 単調な練習ばかり続けてもストレスがたまり、慢性疲労状態になりやすいとされます。表1はオーバートレーニングの様々な原因です。 

表1オーバートレーニングの原因や促進する活動
トレーニングの欠点 選手の日常生活  社会環境 健康
〇回復の見落とし
〇選手の能力以上の高い
 要求
〇長い休養の後のトレー
 ニング負荷の急な増加
 (安静、病気など)
〇高い強度の刺激の多い
 量

 

〇睡眠時間の不足
〇組織化されていない毎
 日のプログラム
〇たばこ、アルコール、 コーヒー
〇不適当な住居スペース〇同輩とのケンカ
〇栄養不足
〇興奮のしすぎと動揺し
 た生活
〇ほとんど家庭の責任
〇欲求不満(家族、同輩)
〇職業的な不満
〇職業的活動のオーバー  ストレス
〇過度の感情的活動(テレ ビ、やかましい音楽な  ど)
〇家族とのケンカ(スポー ツのことで)
〇病気、高熱
〇吐き気
〇腹痛
 
 
 
 
 

 

 
4.オーバートレーニングの症状
 体力や競技成績が低下し、疲れやすくなるという症状がでますが、さらにいろいろな身体症状や、精神症状も出現してくるのが特徴です。オーバートレーニングの症状はトレーニングの質により2つのタイプに分けられます。マラソンなどの持久的トレーニングで起こるものはトレーニングの量が多いときに起こり疲労感のみを訴えることが多く、もう一つはパワーを必要とするトレーニングで質の高いトレーニングで起こり、多彩な症状を呈します。表2は、オーバートレーニングで起こる症状をまとめたものです。しかし実際は表のような決まった症状でなく時期や個人差、重症度によっていろいろな症状が混ざって起こることが多いようです。     症状の強さによって3つに分けられます。
@軽症
日常生活では、症状はなくジョギング程度ではなんともないが、スピードが上がるとついていけない。
A中等症
日常でも多少の症状があり、ジョギング程度でもつらい。
B重症
日常でも疲労感、筋肉痛、立ちくらみ、下痢などの症状があり、不眠、鬱病などの精神症状もでる。ジョギング程度でもつらくて走れないし、練習意欲もわかない。 

表2 オーバートレーニングの原因や促進する活動
パワーを使う競技に多いオーバートレーニング(サッカー・バスケットなど)
 
 持久的競技に多いオーバートレーニング (マラソンなど)
 
・少し疲労しやすい
・興奮性
・不眠性
・食欲の減退
・体重の減少
・発汗しやすい
・夜間に手が湿る
・頭痛
・動悸、心臓の圧迫、心臓のさし込み、静 止時での心拍数の増加
・わずかに体温が上昇
・顕著に紅くなる皮膚絞画症
・負荷後の心拍数の静止値への回復の遅れ
・血圧に特徴なし

・負荷後の異常な過呼吸
・感覚刺激(特に音響)に対する過敏
・運動経過の協調性の低下、しばしばずれ を伴う震え
・回復の遅れ
・内的不安、いら立ち、うつ状態

・少し(異常に)疲労しやすい
・抑制的
・不眠ではない
・食欲は普通
・体重は一定
・正常な体温調節
(−)
・正常な頭(頭痛はない)
(−)

・正常な体温
(−)
・負荷後の心循環のすみやかな回復
・しばしば負荷時および後の心臓拡張期血圧 の上昇、100mmHg以上まで
・呼吸に困難なし
(−)
・ぎこちなく協調性の不十分な運動経過(最 高負荷強度でのみ見られる)
・良好な回復能力
・不活発、正常な気分

 
5.オーバートレーニングの診断
 選手のパフォーマンスが低下してきたり、疲労がとれないなどの症状を訴えればオーバートレーニングを疑わなければなりませんが、普段から疲労度のチェックや検査を行っていなければ、客観的に疲労の程度をはかることは困難と思われます。貧血や肝炎などの病気でもオーバートレーニングと似たような症状が、おこるためまずこのような病気がないか検査する必要があります。 オーバートレーニングになるには、トレーニングが増えたり、休養がR不十分であるなどの誘因が必ずあるため誘因を明らかにするべきです。これは今後再発を防ぐためにも大変重要だと思います。誘因が明らかでないときは、潜在的な病気や、選手の心理的な要因なども疑わなければなりません。特に欧米などでは精神学的な側面からも注意が払われているようです。 
6.オーバートレーニングの処置
   オーバートレーニングの処置は、誘因をのぞき、一定の期間トレーニングを軽減したり休養させる。十分時間をかけて少しずつ計画的にトレーニングを戻していくことです。表3のような処置が提唱されています。 オーバートレーニングから立ち直るには、数カ月以上を要することが多いためできるだけ早く診断と原因の除去がたいせつです。  

表3 オーバートレーニングの処置に使われるテクニック
 パワーを使う競技に多いオーバートレーニング(サッカー・バスケットなど)
 
持久的競技に多いオーバートレーニング(マラソンなど)
 
(A)特別なダイエット
・アルカリ性食品(ミルク、フルーツ、野
 菜)による食欲の刺激
・刺激物(コーヒーなど)を控える
・ビタミン量をを増やす(B群、CとA)
(B)物理療法
・屋外での水泳
・35−37度の風呂に15−20分 入浴・朝の冷たいシャワーと乾布摩擦
・マッサージ
・軽くてリズミカルなエクササイズ
(C)気候療法
・中等度の紫外線の刺激、強い太陽光は避け

・環境を変える。できればいろいろな高所に
 変わる
(A)特別なダイエット
・酸性食品(チーズ、肉、ケーキ、卵な  ど)の利用
・ビタミンB群とC
(B)物理療法
・ホット・コールドシャワーを交互に浴び る
・マッサージ
・自動運動
 

(C)気候療法
・海辺と海ぐらいの高度の土地に行く
・すがすがしい気候を与える

 

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